峠 の語源について
峠=国字
峠という言葉について、最初に思ったことは文字の形についてである。山 上 下 を組み合わせて、山を上下すると書いて「トウゲ」と読ませることにヘェ〜と思った。恥ずかしながら、当時はカナでないものはすべて「漢字」だと思っていたくらいの無知であったから、中国人も粋な文字を作ったものだ!と感心していた。 ある日、白川静氏の「字統」という漢字の成り立ちについて書かれた本を調べると「峠」という文字がない。あれ?っと思って漢字辞典を開いてみると「峠」という文字は「国字」であると記載されている。本当にみっともないことだけれど、それまで国字というもの、その概念そのものを知らなかったのである。国字とは中国から伝わった文字ではなく、日本で考案された「漢字のようなもの」のことらしい。
しかし・・・・そんなこと、私が通った学校では中学(福井大学附属中学)、高校(藤島高校)では教えてもらわなかった。決してさぼっていたわけではない。証拠に大学受験字の国語の点数は常時トップである。ということは、国語の教師が教えていなかったと言うことである。漢字と国字があって、それぞれどういう時期でできあがり、どういう変化をたどってきたかは、日本語の基礎ではないだろうか?古文や漢文は読めなくてもいいし(従ってこんなものを試験に出すべきではない)、現代詩の解釈など感性の乏しい教師に教えられる不幸もよけいなことである。
とにかく、「峠」は漢字ではなかった・・・・・・・・・・・・・(笑)。
トウゲの語源は?
では峠の語源は何だろうか?峠の語源に興味をもった理由は、あるサイトで「峠の語源は、手向けである。旅の無事を祈るために道の上に無事を祈る=手向ける場所が峠であったので、タムケ・・・タウゲ・・・トウゲに変化した」という、直感的に「嘘」と思える解説を眼にしたからである。語源に関する書物を調べると
講談社の語源辞典(山口編)には確かに、万葉集に多武気(タムケ)という表記があり、それが上記のように変化したとある。しかし、旅の無事を祈るところが峠である可能性は、どう考えても多くはない。万葉集の時代の旅は峠を超える様な長距離よりも、むしろ自分の部落から他の部落へのものが多かったはずで、その境界は村の境界であるはずである。村の境界は民俗学事典によると、村はずれの「印」の場所で、旅立つ人を送るとすればこの境界までで、無事を祈るのも村の境界であったろうと推測される。村の境界は別に峠ではなく、むしろ平地であることが普通である。すると、この解釈は???である。
おもしろいことに、いくつかの国語辞典にも同様の解説が記載されているが、なぜか口調まで同じである。つまり誰かが言い出して、その後検証もなく引用され続けられていると言うことである。
ところが、東京堂出版「語源 堀井編」には、”手向からきたというのは疑わしい。行路の神に手向けするのは山頂とは限らない”と記載されている。
マオリ語の影響
日本で使われる言葉の多くが、南太平洋の言葉と「音」が共通であるとする学説がある。そこでそのような研究を
サイトで公開されている井上夢間氏に峠の語源についての意見をたずねてみると以下のようなお返事をいただいた。
”
これはマオリ語の「トウ・(ン)ガエ」、TOU(annus,posteriors)-NGAE(wheeze)、「(越えるのに)息を切らす・(山の中の)尻(の割れ目)のような場所(峠)」(「(ン)ガエ」のNG音がG音に、AE音がE音に変化して「ゲ」となった)と解します。”
この方がよほどすっきりとナイだろうか?手向ける場所などというみてきたような嘘よりよほどいいと思うのだが・・・・
是非一度、ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源のサイトを一読されることをおすすめします。
こんな国語の授業なら是非受けてみたいと思います。